こんにちは!シオノミチルです。ブログを御覧頂き本当にありがとうございます。
今回から2005年の11月から始まった2回目のリバウンド(慢性期の大波)の経過を5年ごとに区切り、10年単位で生活上の出来事と共に簡単にまとめました。
前回のブログの後半と一部重なりますがご了承下さい。
離脱6年目(続慢性期の大波)~10年目(2006.6.3~2011.6.2)
最初のリバウンドの時から、「慢性期の大波は起こしてはいけない」と言われていました。
それは「一度目よりも酷い状態になるから」とのことでした。
初めのリバウンドは三年半ほどで慢性安定期(小康状態)に入り、働けるようになりました。
しかし仕事や人間関係のストレスから二回目のリバウンドが起こります。
初めは目の周りや唇から始まって、顔や首、上半身、そして下半身へと広がりました。
1回目で脚に出なかったことを不思議がられましたが、やっと出ました!
全身に広がるまで時間があったので、まさか二回目のリバウンドになるとは…。将来のことを考えて資格の予備校の受講を決めてしまいました。
家族の協力もあって、歯を食いしばって受験まで全うできましたが、離脱と勉強の負担が重すぎてお勧めできません。
皆さんは、少しでも負荷を減らして体の回復に専念して下さいね。
二回目のリバウンドの特徴
- 二回目のリバウンドは一回目に輪をかけたレベルの症状が出るが、基本的に起こることは同じ。一回目よりも症状が酷く、足や腕が発狂しそうなほど痒い。 顔(特に目の周り)の皮膚が剥けて、黄汁が大量に出て化け物状態になる。そのため外出時はサングラスをかける。
- 二回目のリバウンドで初めて脚に症状が出る。脚の裏側から汁がでて、ズボンが汁で固まり付着する。そのため浴衣で生活する。
- 両脚の汁が酷くて椅子に座って過ごす。歩くと脚の皮膚が突っ張って皮膚が裂けるため、動きが緩慢になる。 特に階段の昇降は注意深く一段づつ行う。
- 蕁麻疹が9ヶ月続く。症状全般が酷く、座ったまま眠ることもあった。 一回目のリバウンド時のように、排水溝や汚れが溜まっている所が恐い。 引越し等の環境の変化のストレスで、肩や背中、耳、手指が悪化。思わず近所の皮膚科を探してしまうほど。
- 暖房の効いた部屋でも自律神経のせいか、寒くて一人だけ震えてしまう。 出かける予定の前日は、リバウンドの徹夜明けで翌日の予定をこなしたので、かなり苦しかった。
離脱6年目~10年目のまとめ
二回目のリバウンドのきっかけは人間関係等のストレスでした。
目の周りから始まり、あれよ²という間に全身に広がり、一回目には出なかった脚にも漸く症状が現れました。
何が起こるかわかってましたが、痒みや浸出液が多くて横になって眠れませんでした。
そのため寝具や家具で寄りかかって眠れる場所を作りました。
生活は最初のリバウンドと同様、一日3回の入浴、自炊、月1の症状の経過報告又は通院が主でした。
目が心配で、時々眼科に通いました。急性期が過ぎて症状が落ち着いてくると何とか自活できるようになりました。
これ以降、症状の悪化で実家に戻るほどのことはありませんでした。
引越し等の環境の変化、初夏を迎える頃からの急激な症状悪化で、体が季節に合わせて毎年同じ症状を繰り返している、と気付きました。
離脱当初は「五年やれば何とかなる」と考えていました。しかし十年たっても治らない現実に薬の根深さを知り、驚きました。
とんでもないものを使ってきたと後悔すると共に、必ず治るまで続ける覚悟を決めました。
そして資格取得のために通った予備校の教材で、体調の許す限り勉強して試験を受け続けました。
その際、冬場は自律神経のせいで気温と関係なく、寒気で震えていました。
離脱11年目~16年目(2011.6.3~2016.6.2)
耳や手指、上半身の症状が酷くて横になれず、座って寄りかかって眠ったこともありました。
音楽を聴いたり、体調が良い時は資格の勉強をしました。変わらず1日3回入浴し、血と汁を拭き取り、皮を剥く毎日でした。
自炊をし、徒歩でどこへでも行きました。そのためスニーカーは結構、買い換えました。
2011年3月に東日本大震災が起こりました。幸いガスはすぐに復旧し、1日3回の入浴を継続できました。
7月下旬に引越しによる環境の変化で首等が一時的に悪化しました。しかし前回の引越しよりも軽かったと記憶してます。
10月にはレーザー治療を受けた眼科で、将来緑内障になると診断を受け、その後3回の検査でも同じ結果でした。
そんな折、有名タレントを起用したNHKの薬漬け医療礼賛のアトピー番組に激怒。
考えた末に姿勢を直すため、新しい病院を探し始めました。
以前から、本当に治るためには正しい姿勢を身に付ける必要があると言われていたからです。
さもないと一時的には治ったように見えても、症状が出てきてまた薬に戻ると。

この頃から、近所の図書館に医療本を見に行くようになりました。
お菓子作りも始めて自炊が充実してきました。
年末に、お世話になった人にプレゼントしたこともありましたね。
自然治療院との出会い
まずは手元の電話帳や市役所から貰った資料などに目を通しました。
すると、断薬でお世話になった医師と同じ考え方の治療院を電話帳で発見したのです。
夏場だったので、電話で問い合わせた後、涼しくなった10月に初診で訪れました。治療院は一般住宅の様相で、病院のようでした。
受付を済ませて先生と面談となり、脱ステしてることを伝えました。とても柔らかい雰囲気で話しやすい方でした。
施術を受けた直後、鏡で姿勢を確認したら、確かに猫背が解消されてました。
治療院からの帰り道は坂道ということもあり、とても軽快に歩けました。
その後も二週に一度のペース(月2回)で通い、二週間ほどで3回目のリバウンドが始まりました。
重心調整法による3回目のリバウンド
顔や首、背中、脚などが一時的に悪化し、痛みと痒みで動きづらくなりました。
体が酷くて横になれなかったので、寄りかかって体の力を抜くことが出来るよう寝具で造作しました。
そこで首や耳からの汁を拭き取りながら座ったまま眠りました。
皮膚の状態が酷くて施術のために俯せになるのも難しくなったので、通院を一旦止めることにしました。
その間も、以前と同様1日3回入浴しました。すると約3ヶ月で施術に耐えられるくらいに落ち着いてきたので、治療を再開。
体のために、片道だけ徒歩(約三時間)に変えて通院することにしました。
初めはとてもきつくて大変でしたが、次第に慣れて、買い物しながら帰路に着けるようになりました。
正しい姿勢を身に着ける治療の再開で心機一転、15年ぶりに検診を受けてみたら、肝臓の数値が半分になっていました。(他も異常なし)
急性期が落ち着いてくると、リバウンドによる自分の体の独特の匂いに初めて気付きました。普通の臭い匂いとは少し違ったものでした。
離脱11年目~16年目のまとめ
二回目の引越しを決めたのは、部屋の壁が薄く、隣の物音が聞こえることでした。体が酷いと物音に敏感になり、恐怖を感じました。
生活上のルールを守らない人が多く、数人で住んでいた人もいて困りました。洗濯の時間や喫煙の決まりも、あって無いような感じでした。
そんな中、引越しの際に物件の仲介人の方に親切にして頂き、大変お世話になりました。
こうした方々の親切に支えられて、何とか薬からの離脱を継続できました。
東日本大震災が起こり、緑内障になる可能性ありと告げられたこともありましたが、どれも乗り越えて1日3回入浴し続けました。
こうした積み重ねとNHKの薬漬け医療礼賛のアトピー番組のお蔭で、治るための大きなエネルギーを得ることできました。
そして「最大の鍵」である正しい姿勢を授けて下さる先生と巡り合えました!
重心調整法の施術で漸く正しい姿勢になり、免疫力が高まって、三回目のリバウンドが起こりました。この時、初めて離脱時の独特な体の匂いに気付いて驚きました。
リバウンドの急性期で通院を一時中断しましたが、三ヶ月ほどで症状は強いものの、落ち着いてきたので治療を再開。
これまでの断薬・脱保湿で1日3回入浴、自炊、徒歩の生活を続けました。
また、15年ぶりに検診を受けて異常は無く、肝臓の数値は薬を使っていた頃の半分になっていました。
生活面では資格の勉強や受験も地道に続けて、図書館に足を延ばしたり、お菓子作りも始めました。
次回はステロイド離脱17年目~25年目(2017.6.3~2025.6.2)です。









ドクターゆき ☆ノンステロイド治療https://ameblo.jp/datusutenonsute/